「朝」です!




ひとを元気にしてあげるのって難しいね。


関係が深いほど、言葉や態度が伝わらない
なんてこともあって。
やはり、じぶんのことは客観視できないから、
誰かがきちんと「状況」を見て
言って欲しい、なんてことはよくある。
それを伝えたいんだけど、うまくいかない。
ごめんね、ぼくの一番の友達。


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小さい子供に
「そんなことやっても意味ないから、やめて、地味な人生を選びなさい」
なんて、言えないよね。
子供は限りない可能性、に、溢れてる、ことになってる。
しかし本当はそうではない。
向いてないことは確実にあり、諦めた方がよい夢にこそ溢れている。


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知らないことを「知ったかぶり」するのはよくない。
けれど、しちゃうよね。
あと
できないことも「お任せください!」なんて受けることも
よくある。
そこらへんのさじ加減、ひじょうに難しくて、
できないことも、やってみれば意外にできる、ことは多い。
“直感”に頼ることになる。
嘘も方便。を正解にするには、
じぶんの中の声に従うこと、それで失敗しても後悔はしない。


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「それが現実だよ」みたいなことを、つい言ってしまう。
でも、ある人にとっては
「夢しかない」場合もあり、なんだこのオッサン、否定的なことばっか・・・
なんて印象を与えてしまう。
うまくいかない「現実」が多いから、多かったから、
そう言うのは確かで、私が成功者なら
「現実は変えられる!」を連呼するのかな・・・


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前に松下幸之助が好きだと書いたけど、
さいきんは「優等生過ぎないか」と思う。
ウラがない、ウソつかない、みんなのシアワセを思う・・・
それは立派だけど、
まじですか?


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そろそろ涼しくなってきて、夏の夜の夢は終わる。
夜の夢こそまこと、のシェークスピアが目醒める季節、秋。
つまり朝が来たわけだ。(Y)

2007年08月31日 08時48分 |  コメント( 0 ) | トラックバック( 0 ) | 
「イメージ的に」「だいたい、なんとなく」




企画を考える人、とゆうのは結構つらい。とゆ~のは、つねに「具体策」を求められるから。人と話していて、ぼくらは普段イメージで話す。具体的に、これを言おう、なんとことは、あまりなくて、喋るのが楽しくて、そのために喋っているから「イメージ的に」「だいたい、なんとなく」話をしている。夢や目標を語るときなども。こうなりたい、なんて「姿」「結果」は言えても「どうやったら」そうなれるかについては言わない約束になっている。しかし企画を考えるのが仕事になっているプランナーとかは、いっつも「こうやったら」目標が達成する、人を呼べる、ものが売れる、とゆうのを言わないと商売にならない。きのうデザイナーと話していて思ったが、デザイナーは、いいな!視覚的に思考できるから。ぼくらは文字で思考するから、どうしても「言わない約束」を破って顰蹙を買うことが多い。できれば顰蹙は買いたくない。なのに毎日「こうすれば、こうなるけど、こうしないから、そうならない」みたいなことを百万回言うので嫌われることもある。つらい。人間不信に陥りそうだ。そしてまた厄介なのが、こうゆう仕事をしてると、そうゆう思考回路が身に染み着いちゃって、ふだんから、ずっと「具体策」ばかり考えてしまうのだ。わかるかなあ?(Y)



2007年08月30日 17時52分 |  コメント( 0 ) | トラックバック( 0 ) | 
ピアノ「発表会」です!




小学四年生の子供の「ピアノ発表会」に行ったときの話。


幼稚園児~小学一年、二年、四年、中学生、高校生、大学生と
ピアノの先生の門下生が年齢順にピアノを弾いていく。


だから、最初は、ものすごい下手。
小さい子は、技術的にダメだから、しかし一生懸命、弾いているだけで
親や親類は満足する。観客は「早く終わんないかなぁ」って感じだけど。


そのうち小学一年生でも、アレッ!という巧い子がいたりする。
それはかなり目立つので、
というのはみんなヘタヘタの中で、まともに弾けているだけで
感心する。というか、感動する場合もある。
「こんなに小さい子が、ここまでやるなんて!」


中学生くらいになると、みんな「ちゃんと弾ける」レベルには達している。
が、こんどは「弾き方」とか「曲選び」とか「弾いている子の衣装」が問題となる。


ピアノ発表会では、「弾き方」と「曲選び」が論点となってしかるべきなのだが
じつは「衣装」は大事、もっと言うとルックスが大事。
可愛い子には、みんな注目してる。
可愛くない子は、やはり中学ぐらいだとつらい。


そして高校生、大学生の部となると
ここではルックスは関係ない。
というか、どちらかというと容姿が美しくない子が巧いと思った。
プロのレベルとか、そういうのは、よくわかんないんだけど
というのは弾き比べしないと、その場で、、そういうのはわからない。
ただ、このピアノ発表会で
ぼくを泣かせそうになったのは、ラヴェルのガスパールの夜を弾いた地味な女の子。
美しくない高校三年生だった。


生演奏というのは、視覚的なものが大きい。
だから冷静に音だけを聞くなんてことは、まずない。
そして生きていくことも「生演奏」なので
人間性とか仕事のスキルとかではなく
「視覚的」なもの、ファッションとか表情とか雰囲気とかスタンスとか
目に見える思いやりとか差別とか、
そういうのが決め手となって人生は執り行われる。(Y)

2007年08月30日 09時09分 |  コメント( 0 ) | トラックバック( 0 ) | 
自分時間

私は、いつも「お客様時間」で動いている。
(と、思っている)
でも、なかには、なかなか
「自分時間」で動いている仲間が多い。
(と、思っている)


さて、お客様にも、
かなり「自分時間」の人がいる。
そんな場合は、相当困る。

自分時間とお客様時間の
ちょうど中間くらいの
時間はないのだろうか?


今朝、我が家の息子は、
朝から携帯の目覚ましがけたたましくなりながらも
なかなか起きない。30分たっても起きる気配がない。
最後に起こしにいくと、
「なんだよ、わかってるから!」と
逆切れ状態。
はっぺたを2度はって(弱く)
逃げるようにして部屋をでた。

通勤電車に乗ったら、
お腹がいたくなった。
かなりやばい状態だった。
途中下車しようと何度も思ったが
こらえて、やっとの思いで
会社に着いた。


もう、限界。
1Fのエレベーターの矢印は上をさして上昇中。
ま、すぐ来るだろうと思って待っていたら、
7Fまで、上がって、ようやく↓が下へ。
当社は各フロア禁煙。7Fだけに喫煙室がある。
会社に出勤して、きっと一息という
ところなんだろう。
すぐ来ると思ったが
デスクのある4Fにやっと
たどりついて、トイレへ駆け込んだ。


何もない普段はいいけど、
状況が変わって苦し紛れに、
なぜか、腹がたってきてしまった。

これも、「自分時間」

こっちの「自分時間」と
あっちの「自分時間」の戦いだ。
ま、階段使う手もあったよね。
お互いに…。

いろんな「自分時間」の
ネジを巻きなおして、
臨機応変に
早めたり、遅くしたり
できたらいいと思った。


byMOK
 



2007年08月29日 17時44分 |  コメント( 0 ) | トラックバック( 0 ) | 
書くことがない




6/22に、このブログをスタートして、休日と夏休み以外は
ずっと書き続け来たが、
今日はほんとうに書くことがない。



ちなみに、アメブロのおちまさとも、ここ2~3日、書くことがないみたい。



個人的なことを思いっきり書けたら、
ま、それでも書くことはあるんだけど、これは会社のブログなので、そうはいかない。



昨日に続けて、今朝も寝坊したんだけど
乗る電車がいつもと変わると客層も変わり、社内が一変していた。
やはり
六時台の電車は、枯れている、とゆうか
静かな方なのだ。街で言えば日暮里。
七時台の電車は、街で言えば渋谷みたいで、
ちょっとにぎやかで、ま、女の子もいっぱいいるからだが
激しい口論なんかもあって、みんな躁状態というか興奮気味。



やはり、音楽を流すべきだと思う。
クラシックのカノンとかチェロのソロとか、静かで落ち着く奴を
電車内で流せば、みんなもっと落ち着くし
毎日違う音楽をかけてスケジュールを公表すれば
電車に乗る「楽しみ」なんかも出ると思う。



8月30日です。おはようございます。
今朝は、
1965年録音 ヘルベルトフォン・カラヤン指揮、
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 交響曲第6番「田園」です、なんて。(Y)

2007年08月29日 09時04分 |  コメント( 0 ) | トラックバック( 0 ) | 
幽霊の正体見たり枯れ尾花




けっこう不思議なことはあるものです。
今朝の話です。

ちょっと寝坊して、ぼくは
いつもの電車に乗り遅れそうでした。

6時45分に家を出て。
小走りに駅へ向かっていた、その途中で、
ラジオ体操帰りと思われる
母親と
小学校一年生ぐらいの女の子がいた。

なぜかぼくに「こんにちわ」という女の子。
知らない男の人ですよ、ぼくは。

そしてもう一回「こんにちわ」
母親もぼくを見てニッコリしている。ぼくはどうしていいか躊躇する。

しかし、もしかしたら近所の親子かな、なんて、ぼくは取り繕うように
笑顔をつくったわけです。

そしたら・・・。

とつぜん、というか、アレッという間に、
二人の姿が消えているんです。

それまで目の前にいて
声までかけてきた母親らしき人と女の子、
パッと消えちゃった。

ただそれだけの話だけど、
いやな感じはぜんぜんしなかった。
ま、幽霊の正体見たり枯れ尾花、みたいなことは
よくあるから
なんとも言い難いけど
なんか妙に爽やかな感じが心に残って、それも不思議でした。(Y)



2007年08月28日 08時56分 |  コメント( 0 ) | トラックバック( 0 ) | 
餡と匂いの木(あんとにおいのき)



週末、新曲のプロモーションで桑田佳祐が2つのテレビ番組に出ていて、こんなことを言っていた。

質問者「なぜヒット曲が量産できるんですか?」
桑田佳祐「既視感、デジャヴュとゆうか・・・もうこんな情報化時代だから全く新しいものはないんだけど、そんななかでも、初めて聞いても<どっかで聞いたことある>とか<懐かしい>とか・・・」

べつに新しい見方ではないけど、やっぱり、そういうこと。
「どっかで聞いたことある」というのは
「(過去に一回私を満たしてくれた)こんな曲、聞きたい」という潜在的ニーズに応えていることで。

マスマーケット、大衆は、ほんとうに新しいことは、求めていない。
というか、ぼくだって、ほんとに新しいモノは、怖い。
「懐かしいモノ」は安心する。
大切なのは「清潔か」「不潔か」みたいなこと。好きではないけど、桑田佳祐は清潔です。

また桑田佳祐の歌詞には「神様」「天使」が多い。
インタヴューの中で、神とか霊とかについても、ちゃんと考えている、みたいなことを言ってた。

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タイトルの「餡と匂いの木」=「あんとにおいのき」=「アントニオ猪木」は、
小学4年生の息子が見つけて、歓んでいたフレーズ!

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ほとんどの場合、
一人の作家や画家や漫画家がどれだけ沢山、作品を量産しても、
一生をかけて「ひとつの作品」しか作っていない。
いい意味でも悪い意味でも。同じことしか、できないし、言えない。

ガラッと作風を変えても、同じ。
つまり食っていく食っていけないは、置いておくとして、
ひとりの作家は一生に「一作品」オリジナルをつくればOK。

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「姿勢」が最も大切だと思う。
猫背にならない生き方、あわてて前傾姿勢にならない、ゆっくり喋る。

無意識と同化する。(Y)

2007年08月27日 11時25分 |  コメント( 0 ) | トラックバック( 0 ) | 
どうした、侍ニッポン!

世界陸上が開幕。
その前の世界水泳には、
いまいち盛り上がらなかったが、
100m、400mハードル、ハンマー投げ。

でも、あの為末が…。
レースの後の、あのうつろな眼は、どうしたのか。

そんなことを思いつつ、
昨日は、子供の陸上競技大会の記録会。
朝、競技場に送って行って、そのまま観戦。
子供は100mにエントリーしていた。
9組の予選の1組目で登場。
はじめての観戦なので、ドキドキしながら見ていたが、
結果は、8人中5着の惨敗。

走る姿が、なっていない。
腰は落ちてる、膝があがっていない。
はっきり言って情けなくなってしまった。

どうした、息子!
いつも練習さぼってるからだとか、
いろいろ言おうとして、もう一度
考え直した。

あの為末でさえ、ダメな時があるよな。
体調が悪かったかもしれないし…。

「出来て当たり前」
「勝って当たり前」
とあまりにも考えすぎていないか。
それよりも、
「人はできない」
のが普通だと考えてみよう、と。
自分ができるからと言って、
人が出来ないのを見て
つい、腹をたててしまう。
がっかりしてしまう。

だけど、最初からうまくいく人っていないよな。
いつも、いい結果ばかりの人っていないよな。

ということで、夕食を二人で食べながら、
まだ、いける!がんばって、もっと練習すれば、
いまは13秒くらいだけど、12秒5まではいくから、といったら、
12秒1~2まではいけると思うよ!
という自信ありげなコメントがかえってきた。
体調悪く、足も怪我してたらしい。

どっこい、侍ニッポンなのだ。
怒らなくてよかったな。
byMOK



2007年08月27日 10時54分 |  コメント( 0 ) | トラックバック( 0 ) | 
夏は余裕がない。ナマ。



夏の空ってかなりイイ!
秋冬春は、空なんてフツウなんだけど
夏の空は絵画的。劇的。陰影が綺麗、濃厚。宗教っぽい。

宗教画によくある劇的な空も、見本は夏の空だと思う。

そして夏の人間は、、どうか?

かなりイイ!
ぼくはそう思う。

夏は暑くてわけわかんなくなるから、
嘘がつけなくなる。
というか芝居ができなくなる。
そこがイイ。冷静でいる必要など、ないのだ。

嘘つくのは、嘘つく余裕があるから。夏は余裕がない。ナマ。必死。暑くてしんじゃう!

こうゆうの、あと三日ぐらいだ(Y)

2007年08月24日 18時08分 |  コメント( 0 ) | トラックバック( 0 ) | 
<カリフォルニア>から<メキシコ>へ行く人は<数人>




ゆうべ12時頃の蝉が、なんかへんだったんだけど、
やっぱ今朝になってみると、秋だね。

ひんやり、してる。

醒めるときは一挙に来る。季節のこと、自然界のことと、人間のことを同一視するのはナンなんだけど
しかし人間関係の陰りも、一晩でくるよね。

ぼくら子供の時から五百人ぐらいと会ってきたわけだけど、
残っているのは数人でしょ。

ほとんどとは、すれ違い、もしかしたら「親友」とかになったり、愛してみたり、毎日2時間も三時間も話したりしても、たとえば職場を変わるだけで、そんな関係ぶっこわれちゃう。

夏は終わるよ。

法律は凄いね。殴り合いの喧嘩しても、離婚となると思いっきり躊躇するから。


たぶん同じことを繰り返す。
繰り返すのがよくないとか成長がないとか、そういうこと言うけど、
人生って同じとこ「彷徨うこと」以外のなにもないでしょ。

そりゃ、とりあえず常に新しい世界、新しい関係へ!
目は向けるさ。

けど同じ種類の人を求めてない?
同じタイプの仕事ばかりしてない?
同じモノばっか食べてない?

いつもね「国境線」にいるのよ、。それは確か。けどカリフォルニアからメキシコへ行く人は数人。

そして堂々巡りで悲観的な要素を覆す努力の仕方を、みんな知らない。
一般的で家庭的な幸福をシアワセだと思いこんでる。
洗脳されてるのにぃ・・・・

とりあえず夏は終わるよ、、、、また巡ってくるけど、今年の夏は終わる。
ぼくの花は来年の一月まで咲かないから、この秋と冬の前半は、
しずかにしてようと思う。

蕾でいよう(Y)

2007年08月24日 09時04分 |  コメント( 0 ) | トラックバック( 0 ) | 

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